掛川城の郭 「竹の丸」
天正18年(1590)、豊臣秀吉によって掛川城主に任命された山内一豊は、それまでの掛川城に郭(くるわ)を付け加え、城を拡張しました。この時に竹の丸も造成されたと考えられます。 竹の丸は、天守閣や本丸など城の中心部に通じる道筋にあたり、防衛上重要な場所であったことから、家老など重臣の屋敷地に割り当てられていました。 |
竹の丸の由来
いつ頃から竹の丸と呼ばれていたのか明らかではありませんが、18世紀初頭に描かれた「遠州懸河城郭図」には、「竹ノ丸」という表記が見られます。 |
現在の建物
江戸時代より続く葛布問屋「松屋」を営んでいた松本家が本宅として建築した建物です。主屋は明治36年に建造され、桁行10間、梁間7間半の平屋建寄棟造です。離れは大正末期から昭和初期にかけて、平屋建から二階建に増築されています。 昭和11年、邸宅は当時の掛川町に寄贈され、現在も掛川市で管理しています。 |
竹の丸をもっと知りたい
平成15年度「とはなにか学舎(現在の市民大学校)」により「”竹の丸”百話」がまとめられています。参考にして下さい。 → 竹の丸百話 (PDF 590KB) |
パンフレット → 竹の丸パンフレット (PDF 14.6MB) |
紅葉 秋にはきれいに紅葉します。 → 竹の丸の紅葉のページ |