成行(千浜の西部北村)の地蔵山の話。 寿永(1181)のころ、行者がひとり成行にやって来て、大庄屋の仁平のところへ足をとどめました。
この行者は鎌倉の落人で、元は久野三郎左衛門高義という武士であったといいます。 久野三郎左衛門高義は使えていた主人の使者として京に行き事を済ませ、鎌倉に帰ってみると主家は滅んでしまって、館もなくなり、妻子の行方も知れなくなっていました。 何とかして妻子にもう一度会いたいものとひたすら諸国を巡り歩き続けましたが、会うこともかなわず、遂にここに来て、成行に落着くこととなりました。 それからというものは土地の子弟に読み書きを教えたり、易をして通しましたが、寿永3年10月(1184)、62才で逝去しました。
子弟たちは行者を今の地蔵山に葬り、そこに杉を植えました。その木が成長した後、遠くから望むと「年」という字に見えることから「年の字杉」と呼ばれていたそうです。 あるとき、年の字杉の枝が折れて穴があき、その穴に大きなヘビが住みつきました。 不思議なことに、そのヘビが穴から首を出せば、どんな日照りでも必ず雨が降り、それからいくら長雨でも首を出せば天気となりました。 村人は地蔵山のヘビで天候を知ることができたということです。
明治5年の大雨で木が倒れ、その時からヘビの行方もしれなくなってしまいましたが、後に倒れた杉の北側の畑に白骨が長々と三うねあったとのことで、それがヘビだったろうとうわさされました。
この話に関連しては「北村地蔵尊御詠歌」が残っています。 |